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tetujin282828

Author:tetujin282828
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晩鐘の鳴る里
「お客さん、その辺で勘弁してくださいよ」
金魚すくいの夜店のオヤジは、何本目かのタバコを足でふみ消すと、なみだ目になりながら訴えた。
「おじさん。もうちょっとだけお願い。もうすぐ勝負がつくから・・・・・・」
たくさんの人だかりを後ろにつけて、水槽の中を逃げ惑う金魚を金魚すくいのポイで水槽の隅に静かに追い詰めながら、久美子がオヤジに答える。頭にタオルを巻いたオヤジは、祈るように久美子のポイの動きを見つめる。
「そりゃ、何匹でもすくっていいと言ってるけど、あんたらみたいなのは計算に入っていないんだよね・・・・・・」
「そうすよね。お前、少し手加減しろよ」
「なに言ってるの。意地でも絶対に勝つんだから・・・・・・よっと、32匹目。そっちは?」
「28匹かなあ。もうだめかも」
「やっぱり、私の敵じゃないわね」
久美子が斜めにポイを静かに引き上げると、その上には赤橙色の小さな金魚が観念したようにおとなしく横になって乗っていた。様子を見守っていた後ろの人だかりから、久美子が金魚をすくい上げるたびに感嘆のどよめきが一斉にもれる。
「33匹目。どう?」
「29匹!やばい。破れる?…・・・ん、まだいけるか?」
小さめの表面近くを漂う金魚はほぼ獲りつくされて、残るはやや大きめの金魚や小さなコイが水槽を元気に泳いでいた。

 ☆☆☆☆☆

すっかり都会に染まりきった自分が、3年ぶりに帰った田舎ではやけに浮いているように感じられる。ここで暮らしていた頃は、まるで変化のない田舎と思っていた。しかし、駅に降り立った時には、まるで見知らぬ町のように思えたから不思議だった。今日、この祭りに出向いたのは、久しぶりの実家でブラブラしていたら、母親からせっかくのお祭りだから行って来いと言われたからだ。母親はどうやら、都会から3年ぶりに帰ってきた彼を、近所の人に見てもらいたいようだった。都会に出たからって、別にえらくなったわけでもないのに・・・・・・。祭りに出かけるのは面倒くさいけど、そんなことでいちいち反論する気にもならず、<どうでもいいや>と彼は人ごみへと足を進めていった。
出店が並んでいる通りに折れて、両側に連なるいろいろな出店を冷やかしてブラブラ歩いた。都会で人波に慣れているとは言え、浴衣を着た家族連れや、若い男女がごったがえす祭りの人ごみにもまれると、さすがに頭がクラクラする。喧騒が全身の感覚を襲い、その猥雑さに彼は押し流されそうになっていた。

「元気?」
タツヤの背中をつっ突くと同時に、その懐かしい声は、前触れもなく後ろから降ってきた。振り返ると、そこには懐かしい笑顔があった。
「あれ、久美子!?」
ジーンズに白のシャツを着た幼馴染の姿を見つけ、振り返ったタツヤは顔をほころばせた。彼女の<元気?>のたった一言で、久しぶりの田舎で一人ぼっちという疎外感が急速に融けて行った。タツヤは、まるでここに住んでいた当時にタイムスリップしたような気がした。
「おばさんがここだって言うから・・・・・・。タツヤは全然変わってないわね。いつ帰ってきたの?」
頭の上に2個、髪の毛で団子をつくった久美子の目が、彼を見つめて笑っている。雑踏のなかで、彼女のいる場所だけが明るく輝いて見えた。彼女の引き込まれてしまいそうな大きな黒目がちの目は、小さい頃から全く変わっていない。
「ん……あぁ。……昨日」
「どう?向こうは。たまには連絡をよこしなさいよ」
矢継ぎ早に繰り出される質問や、報告。本当に何も変わっていないとタツヤは苦笑する。
鵜澤久美子。家が近所でしかも同級生。小さい頃はいつも一緒に遊んでいた。タツヤのファースト・キスの相手は中学1年生の時、久美子が相手だった。
<ファーストキスはレモンの味> 
当時、タツヤはなにかの雑誌で読んだこのセリフの真偽をどうしても確かめたかった。けれども、確かめるには実践が必要だ。しかし、すぐに実践できるくらいなら初めから悩む必要もない。いろいろ考えて、試す相手は久美子にしようと決めた。なぜかは説明できないものの、他の女子と比べて久美子は、すごく清潔だと思ったからだ。というよりも、当時、タツヤが女性として意識することができたのは、ごくわずかなの芸能人と久美子だけだった。それ以外のオンナは、彼にとって女性ではなかったのだ。
しかし、いざとなると、なかなか言い出せなかった。ある日の放課後、誰もいない校舎の裏庭に偶然に通りかかった久美子を捕まえて、思い切って<目をつぶって>と頼み込んだ。制服を着た久美子は<なにか、プレゼントでももらえるの?>となんの疑問も持たずに素直に目をつぶった。おそるおそる、顔を近づけてかすかに唇が触れた瞬間に、自分に何をされたのか気がつき、怒った久美子のパンチが飛んできた。パンチはまともに鼻柱にあたって、タツヤはハデに鼻血を出した。
ちなみにタツヤは、その後も、久美子をわざと怒らせるようなことを何度もしたが、彼女のパンチが当ったのはこの時が最初で最後だった。彼は中学校に入学するや剣道部に入部して、生育がよいとは言え女の子のパンチならば、かるく、上半身を捻ってかわせるぐらいの反射神経を身につけていたのだ。いくら、久美子が真剣にパンチを出してきても、まったくかすりさえしなかった。それも、今となれば、青春時代の甘く切ない思い出だった。

 ☆☆☆☆☆

「私ね、仕事始めたの。翻訳の仕事」
こんな田舎の町でも、都会に本社を置く翻訳会社などと契約すればフリーとして働けるようだ。E-メールを活用して仕事の請負を行っているらしく、パソコンがないとどうにもならないらしい。収入は、原稿用紙1枚あたりいくらという出来高制と彼女は言う。
以前、タツヤの携帯に夜、久美子から電話が突然かかってきて驚いたことがあった。当時は、アルバイトで翻訳の仕事をしていて、訳せない部分があって困ってしまったとのことだった。
「機構の説明などで、『アームAは紙面と直交方向に動く』のような言い回しがよくでてくるでしょ。これを英文でどう表現するの?」
久美子が調べた範囲では、『電界に直交』とか『支柱Bに直角』というのはあったが、『紙面に対して~』というのは探しても見つからなかったらしい。
「”The arm A moves in the direction orthogonal to the plane of the illustration.”って訳したけど、合ってる?」
電話口で、久美子は泣きそうになりながら聞いてくる。たかがバイトなのに、そこまで真剣にやる久美子が彼女らしいといえばそれまでだが、相変わらずだなとタツヤは思った。
たまたま、国際会議で研究発表を予定していて、似たような表現を用いた資料をパワーポイントで作ったことをタツヤは思い出していた。たしか、教授にセリフをチェックしてもらって、表現を直してもらったはずだ。
資料を探してみたら、”The lengths of fiber lie perpendicular to the plane of the sheet.”と書いてある。
だから、『紙面に対して直角』は、
<”The arm A moves in the direction perpendicular to this figure of this paper.”でOKじゃねえか>
と久美子に伝えた。電話の向こうの彼女はすごく喜んでいた。だが、それでも翻訳はまだ半分も終わっていないようだった。
<いつも徹夜になる>と、そのとき久美子が言ったのを思い出していた。

「いよいよ、本格的に始めたんだ。徹夜仕事だな、大変だろ」
「出版モノなんかの翻訳は、出版社の売上に大きく関わるから有名翻訳家じゃないと仕事がもらえないのよ。私に依頼が来るのは、日本語のマニュアルの簡単な翻訳。中学生でもできちゃうかも」
そういって、久美子はエヘヘと笑った。彼女がそうやって笑うときは、嘘をついてる時だ。きっと辛いのだろう。目のまわりには、かすかにクマが浮き出していて、睡眠が充分にとれていないような印象を受ける。翻訳は英語の能力はもちろんだが、それを違和感のない日本語に翻訳するためにも日本語を正しく理解し表現する能力が必要不可欠だ。また、学術的な論文を担当する場合は専門用語について詳しくなければ翻訳は難しい。きっと、負けず嫌いの彼女は、1人で必死で頑張っているのだろう。だからタツヤは何も聞かず、そうかと頷いた。

結局、久美子のポイは34匹目をすくったところで破けた。金魚すくいのオヤジは、ほっとしたように息をついて、次の煙草に火をつけた。
水槽に残っている金魚は、元気良く泳ぎまわっているたくさんの小さな金魚たちと、それに混ざって数匹のかなり大きめの金魚や小さめのコイなどいわゆる『紙破り』と呼ばれるものだった。これらの大きめの金魚やコイは、金魚すくいの初心者たちのポイをやぶるために仕込まれたワナだ。金魚すくいの鉄則の第1番目は、<決して、こいつら見栄えの良い大物を狙ってはいけない>である。狙うは小さめの表面近くを漂う金魚のみだ。表面近くに上がってきている金魚は酸欠であっぷあっぷしている状態で、早い話が弱っている。 数をすくいたいのなら、弱っている金魚をねらうのが鉄則だ。ちなみに、金魚すくいの鉄則2は、ポイを水に漬けるときはいっきに全面をつける。鉄則3は、金魚を追いかけない。鉄則4は、ポイの表(おもて)面を使ってすくうである。

タツヤは金魚すくいの鉄則を無視して、あえて元気のいい一番大きな出目金をねらった。
紙に水圧がかからないようにポイを斜めに入れるが、体の大きなその出目金はすばやい身のこなしで逃げていく。ポイを進行方向に対して真横にして、その大きな出目金をコーナーにゆるゆると追い詰める。そしてその出目金を包囲するようにポイとおわんを配置した。半分ほど水面に潜らせたおわんに、出目金を周りの水ごとおわんの中に追い込む作戦だ。が、出目金の泳ぎはさらにその上を行くものだった。 体を半分おわんに入れたように見せて、次の瞬間、目当ての出目金はあざ笑うように、身を翻すとポイをやぶって水槽の広い中央へ泳ぎ去っていった。
「ああ、やっぱりだめかあ」
「おしかったわね」
今の戦いの一部始終を見ていた久美子が、タツヤを慰めた。2人の後ろを取り巻いていたやじ馬達からも、思わず落胆のため息がもれた。
「もうちょっとだったのになあ・・・・・・」
結局、2人で合計62匹。すくった金魚をいくつものポリ袋に入れてもらって2人は店を出た。

気が付けば二人は、神社の境内に来ていた。
「ねぇ、タツヤ」
久美子は境内の端にある鐘楼台に登る階段に腰をかける。それにならいタツヤも久美子の隣に腰をかけた。久美子のそばは、いつも石鹸のようないい匂いがすることを思い出していた。
すっかり大人になった久美子とこうして並んで座るのは、照れくさいようなヘンな気持ちだった。

「タツヤ。なんで、あそこであんな大きな金魚をねらったのよ?」
「さあな。取れそうな気がしたのかな。ってか、とれそうな金魚は、いい加減とり尽くしてたし」
久美子は、タツヤがあの場面で大きな金魚をねらったのがどうにも理解できないようだった。
「ひょっとして、手加減した?」
「まさか。でも、情けは人のためならずっていうからなあ」
「なによ、それ。わざと負けたってこと?」
「いや、金魚屋のオヤジが、なんとなく、かわいそうになって・・・・・・」
翻訳の仕事をしていると、逆説的に日本語を正しく理解し表現する能力が必要となる。そんなんで、久美子は、言葉を大切にしているようだった。
「タツヤ、それ、ことわざの意味取り違えてる」
「なんで?徳を積めば自分に返ってくるって意味だろう?もう、金魚すくいの時に充分に久美子の胸の谷間を楽しんだし」
「・・・・・・なによ。えっち!」
言うがはやいか、久美子がタツヤをぶつ。が、中学校からの習慣で、女の子が良くやるように甘えるように軽くぶつんではなく、久美子は左ストレートを出してくる。
タツヤには、ボクシングの真似をして出してくる久美子のパンチが充分に見えていた。だが、同時に、その久美子の左手の薬指に銀のリングをしているのに気付いた。<こんなにかわいいし、高校生の頃は男からもててたから、指輪をしてても別におかしくはない・・・・・・>。そう思う一方で、タツヤは久美子がいつの間にか遠い世界に行ってしまったような気がして、心が苦しくなった。タツヤは久美子の軽く握ったこぶしが顔面を捉えるその瞬間まで、左手の薬指に付けられたその指輪を見続けていた。というよりも、当る寸前で見切ってよけようと上体をかわしたつもりで、体はぜんぜん動いてなかった。
「痛てえ。なにもグーで殴らなくても。目にあたったぞお」
タツヤは目を押さえて、両方の膝小僧の間に頭を落とした。

「なによ、よけなさいよ。大丈夫?」
「よけろって、おまえ。現役はとっくに卒業したし。っていうか、お前のパンチ、中学校の時よりも数倍早くなってるし」
「大丈夫?」
久美子はタツヤの頭に手をあてて、タツヤの目を覗き込む。こんなに近くに久美子の顔を見たのは、中学と時に彼女とキスした時以来だった。久美子のキラキラと輝く瞳がすぐ目の前にあって、タツヤの心臓がドキっとなった。あと数センチ顔を前に移動させれば、久美子の唇にふれる。手を少しだけ伸ばせば、柔らかな久美子のからだを両手で抱きしめることができるだろう・・・・・・。
「早く冷やさないとあざになっちゃうわよ」
「・・・・・・」
うつむくタツヤの目に気付いて、久美子もあわてて下を向いた。
「・・・・・・」

わずかな時間だったが、そんな気まずい沈黙を破ったのは久美子だった。
「金魚どうするの?」
「ああ、金魚屋に返そうかな」
「なによ。せっかく獲ったのに」
「久美子は、どうする?」
「鳥居のところで、ちっちゃな子に配ろうかな」
「じゃあ、オレのも配ってよ。情けは人のためならず」
「また、意味わかんないこと言ってる」
「将来の日本を背負って立つ子供達だろう。情けをかけとけば、なんか良いことがあるかも」
「うーん。諺の意味はあってると言えばあってる」
「だろ?」
「うん。で、いつ帰る?」
「あさって」
「おばさんによろしくね」
「ああ」
「目は大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、もう帰るね。目を早く冷やしてね」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「・・・・・・」
「やっぱ、おれも金魚配るのを一緒に・・・・・・。子供たちに顔を覚えておいてもらわないと、忘れられちゃうから」
「うん」
二人は座っていた階段から立ち上がった。

久美子が、さきに立ち上がったタツヤに声をかけた。
「あのね、教えて欲しいことがあるの」
「ん?」
目を合わせないときは、真面目な話。それは久美子の昔からの癖だ。それを知っているから、タツヤは何も聞かず頷く。
「東京で1人暮らしって大変なの?」
「・・・・・・」
一瞬、タツヤは何を言い出すのかと、彼女を見る。久美子は、やはり視線は合わさないで、まっすぐ前を見ていた。
「私も東京に住もうかな」
「・・・・・・うん」
なんとなく、久美子を見つめるのがつらくなって、タツヤも前を見る。夜の闇にのって、祭の音が流れてくる。手に持った金魚の入ったビニール袋を振ると、中で金魚たちが大慌てで身を翻した。
「タツヤは何も聞かないんだね」
「そうか?」
「『どうしてそんなこと?』 なんて聞かないの?」
「……どうしてそんなことを?」
手に持った金魚の袋をつっつきながら久美子に聞く。袋の中で、つつかれた金魚たちがあわてている。
「東京の方がいろいろ刺激があって面白そうじゃない」
そういって、彼女はまたエヘヘと笑う。久美子が東京へ行ったら、もうタツヤの手の届かないどこかに行ってしまうのだろう。
たまに田舎に帰ってきても、もう、こうして逢う事はできないかもしれない。
「・・・・・・でも、もう、決めてんだろう?」
「うん」
用意されていた解答に、タツヤは頷いた。
タツヤの返事に満足したのか、久美子は勢い良く階段を数段飛び降りる。
そして、途中で振り返り、
「東京で会えるといいね。それとね」
一瞬、口ごもり、久美子は視線をそらす。タツヤは久美子を見つめたまま、無言で続きを待つ。
「タツヤのこと、――だったよ!」
同時に、祭の最後を飾る花火のヒューと風を切る打ち上げの音がした。その音に打ち消され、彼女の声はタツヤに届かなかった。
「え?」
<聞こえない>そう言おうとしたときには、既に久美子は背を向け走り出していた。
<バーン>
花火が夜空を焦がし、爆裂音が夜気を引き裂いた。
久美子の走り出したその背中は、中学校時代にいきなりキスされて怒って駆けていったその背中だった。
<どうすんだよ、この金魚>
境内に取り残されたタツヤは、手にした金魚の袋を指で突っついた。突付かれた金魚たちは、また袋の中で暴れた。
秋はどんどん深まっていく。境内には虫の声が響いていた。

おわり (みどりさんにささぐ)

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