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Author:tetujin282828
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アップルクリスプ
彼女が買い物袋にいっぱいのリンゴを抱えて、駅の改札に現れたのは7ヶ月前の2月下旬の粉雪ちらつく、ひどく寒い日のことだった。
「田舎からたくさん送ってきたの」
逢うなり、彼女は袋をぼくに手渡した。袋の中には真っ赤なリンゴが十個ほど入っていて、どっしりと重い。彼女は、この荷物を抱えて自分の部屋から2時間もかけてやってきたんだ。
「こないだ言ってたアップルクリスプの作り方を教えてあげる♪」
「アップルクリスプ?」
なにがなんだか分からずにぼくがたずねると
「リンゴの入ったケーキよ」

駅からの道を二人で歩きながら、ぼくは彼女からリンゴに関するブリーフィングを受けた。
セザンヌや岸田劉生、マグリットらが虜になったリンゴ。エデンから追放されたアダムとイブが食べたリンゴは緑色に描かれているらしい。いわゆるApple green。一方、セザンヌのリンゴは赤色。セザンヌは、対象を見たまま表すのではなく、様々な角度から見た個々を一つの画面に同居させ、物質の本質をとらえようとするそれまでにない全く新しい手法を産みだした。ニュートンのリンゴ以上に、セザンヌのリンゴこそ「科学」だったのかもしれない。
青果のリンゴを描いていると、毎日毎日表面の色が微妙に変化する。絵を描いていると、リンゴはすぐに傷んでしまう。セザンヌのような遅描きの画家でなくても困るらしい。リンゴにはデッサンの基本がすべてある。リンゴを描ければ全ての果物のデッサンは描けるようになり、他の絵でもある程度は描けるようになるとのこと。

彼女の話は料理ではなく、絵画やデッサンの話で終始した。そういえば、映画「マルメロの陽光」でも、マルメロの実に映る光と影のコントラストが実に良く捉えられていた。輝きを持つからこそ、人は生きる事が出来るのかもしれない。「秋のさなかに夏の太陽がぶりかえし、あまりに強いその日差しから子供を隠したほうが良い」というスペインの言い伝えがある。それが、9月28日のマルメロの陽光の日。
そもそも彼女との出逢いは、1年前の行きつけのスポーツクラブのダイビングツアーだった。9月下旬、台風シーズンの真っ只中に組まれた伊豆海洋公園ツアーに彼女も参加していた。心配された台風の影響もなく、マルメロの陽光を思わせる9月の太陽の下、地上とはまったく異なる青の世界をぼくらは思い切り満喫した。3人のインストラクターを含め、年齢がバラバラの10人のツアー。そのうち、女性は4人。社会人に混ざって学生で参加した彼女は一番年下だった。
4人の女性ダイバーの中で、とりわけ彼女が魅力的だったわけではない。美人と言えば幼稚園の保母さんの方がずっと美人だったし、若い女性インストラクターの方がざっくばらんで明るくてより魅力的だったことは確かだ。どちらかと言えば、チビでやせっぽちの彼女は、最高のおせじとして、上戸彩に似ているって言えば言えないこともない。マスクに髪の毛が入らないように、頭のてっぺんで髪の毛を結んでいた。ものおじせず底抜けに明るい彼女は育ちのよさを思わせたが、その時は芸術学部に通う学生とは夢にも思わなかった。
彼女は何が気に入ったのか、2日間のツアーでぼくとバディになった訳でもないのに、ずっとぼくに話しかけてきた。そして、次にダイビングツアーに参加する時も同じツアーにということで、ぼくは携帯の電話番号を彼女に教えるしかなかったのだ。

リンゴの皮をむき、しんを除いて、薄切りにする。 
ボールに入れ、上からレモン汁をかけ、すったレモンの皮を加えて混ぜる。
彼女の指示に従い、ここまではできた。 
オーブンを190℃にセットする段階になって
「オーブンなんて持ってないけど・・・・・・」
「オーブントースターで大丈夫よ」
「でも、温度設定できないし」
「大丈夫、大丈夫」
彼女はさっきから「大丈夫」の大安売りだ。
別のボールに粉系を混ぜ合わせる段になって
「小麦粉75グラムってこれぐらい?」
「それって物凄くテキトーなんじゃねえか?」
「大丈夫、食べても死にはしない」
けらけらと彼女が笑う。
「勘弁してくれ……」
「で、砂糖はどこ?」
「え゜ー!!砂糖なんてないよ」
ということで、急遽、砂糖の買出しに近所のスーパーへ。
外に出たついでに、駅前のファミリーレストランでいっしょに夕食。

ファミレスで彼女といろんな話をしてて、ぼくはなんとなく時計を見た。
「君ね。そろそろ帰らないと・・・・・・」
「でも、アップルクリスプは?」
彼女の部屋からここまで電車で2時間かかる。これから帰ったら夜中になってしまう。
「明日も学校だろ? さあ、帰った帰った」
「・・・・・・」
「リンゴは、あと粉を掛けて焼けばいいんだろ。明日一人でやってみるよ」
ぼくは、いつもの調子で言ったつもりだった。しかし彼女はどうも普段の様子ではなく、「そうだね」と呟いて、ゆっくりと立ち上がった。僕は何か変だなと思いながら、伝票をとった。
駅まで行く間、彼女はずっとうつむいていた。
「ごちそうさまでした。楽しかった」
電車が動く直前、笑顔を見せて彼女は言った。
「出来上がりを写真にとってメールで送るよ」
そう約束したはずだが、結局、面倒くさくなってスライスしたリンゴは夜食に、ボールの中の小麦粉は翌日卵と混ぜておやきになった。

彼女がリンゴと風の国へ突然帰ってしまったのは、それから数日後のことだった。引越しの挨拶が携帯のメールに入っていた。そのうちに、ダイビングツアーに一緒に参加しようと返事を出したが、半年以上経った今でも全く連絡がない。彼女と出会ってからちょうど1年たった9月も終わり、もうじきハロウィンの季節がやってくる。あの日の余ったリンゴは、今でも冷凍庫の中にある。いつか、いっしょに食べられる日が来るかもと思って冷凍して取って置いた。冷凍のリンゴは、リンゴジャムにして、もうしばらく保存するつもりでいる。もう、市場では、今年の収穫したてのリンゴが出回っている頃だ。
新しいリンゴで今度こそアップルクリスプを作ろう。1年越しのお菓子は、懐かしい味がするかもしれない。でも、何より肝心の彼女からの連絡がない。

雪が降る前にバイクを飛ばせば、リンゴと風の国へ簡単に行かれる。今度はもっと新鮮なリンゴを食べられるだろう

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テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学


侵入
少しだけ空いていた窓から、オレはその家に侵入した。音を立てずに、部屋の中に踏み入った。いつもながら、自分の手際よさに感心する。しんと静まり返った住宅街。星が落ちてきそうなそんな夜だった。深夜のこの時間に家の前の人通りは全くない。時々遠くで犬の鳴き声がするのが、かえって静けさをきわだたせている。

オレは暗がりに目が慣れるまで、押し入った部屋の中でしばらくじっとしていた。部屋のドアは半開きで、廊下の向こうに見える小さな光によってその部屋の中はかすかに照らされていた。廊下を挟んで向こう側の部屋から、テレビの音が聞こえている。映画でも放映しているのだろうか、テレビコマーシャルの音声が切り替わって、アメリカのホームドラマなどでよく使われるような観客の笑い声が漏れて聞こえてくる。廊下に人の気配がないことを確かめて、オレは身をかがめ、忍び足で歩きだした。もともと忍び足は得意だ。そういうふうに生まれてきた。冷たいフローリングの床に、かすかにぺたぺたはだしの足音が鳴る。 そのまま、オレは廊下にでる。廊下の突き当たりが玄関。南側に当る玄関の反対側には、はめ殺しの大きな窓があってぶ厚いカーテンが降りていた。階段の向こう側はトイレだ。そして、その反対側が洗面所。だれかがバスルームを使っているのだろう。灯りのともった洗面所から水音が聞こえてくる。

オレは階段まで足を進めると、階段のステップに静かに足を乗せた。
オレたちプロは、常に逃走経路を用意する。だから、逃げ場のない階段は最大の難所だ。ここで見つかったら、絶体絶命、どこにも逃げられない。オレは、細心の注意を払って、音を立てないように階段をしのび足で駆け上った。・・・2段3段・・・6段7段。踊り場について一息入れる。さあ、問題の階段はあと4段。何とか気づかれずに階段をクリアできそうだ。再び、注意を払って・・・2段3段・・・。2階の廊下に一気にたどり着いたところで、勢い余って足を滑らせ、壁に衝突してしまった。
しまった!・・・・・・。ぶつかった時の音が、オレの耳にはっきりと響いた。2階にいる誰かに、オレの存在を悟られたかもしれない。
しかし、どこからも反応はない。1階からは、なおもテレビの深夜放送の映画の音声が漏れて聞こえるし、2階の部屋からは誰も出てくる気配がない。オレは、ほっと胸をなでおろした。ここまで、何とか来れた。あと、もう一息だ。オレは緊張を緩めることなく、2階の部屋のドアに向かって歩を進めた。

2階の廊下に面しているドアは4つ。どれもひっそりと閉まっている。4つのドアのどれかが彼女の部屋のドアだ。徐々に彼女の匂いが強くなって来ている。一番奥の部屋のドアの前で、オレは立ち止まる。彼女の匂いが一気に強くなった。ここだ。この部屋だ。さて、どうしようか。オレはドアの前でしばらく考えた。
その時だった。廊下の電気が点灯して、オレは腰も抜かさんばかりに驚いた。だれかがやってくる。見つかる・・・・・・。
瞬間、体を隠せる場所を必死に目で探す。2階の廊下には、小さなテーブルがある。そのテーブルの下に身を潜めてかわすしかなさそうだ。階段下から上がってくる足音が聞こえてきた。スリッパをはいたパタパタ聞こえる足音はどんどん近づいてくる。階段を登りきれば、そいつの姿が現れる。そして、やってきた・・・・・・。それは彼女だった。
テーブルの下に身を潜めるオレと、入浴を終えてバスタオルを体に巻いてやってきた彼女と一瞬目が合った。しかし、彼女はオレに気がついた様子もない。そのまま、テーブルの横を通り過ぎて行く・・・・・・。
と、そのときだった。通り過ぎようとしていた彼女の足音が止まり、そして、彼女は、テーブルの下を覗き込んだ。たぶん、オレの姿を目にとめたときは錯覚だと思ったのだろうか、そして、目にとまったものの確認のためにテーブルの下を覗き込んだのだ。体に巻いたバスタオルから、彼女の形の良い足が見える。シャンプーの香りだろうか、あたりにフローラル系の香りが漂った。
のぞきこんできた彼女と目が合って、彼女の目が大きく見開かれるのをみた。その目には、まざまざと恐怖の色が浮かんでいた。
「キャーアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

彼女のあげる悲鳴に、オレはとびあがりそうになった。心臓がバクバクしている。<ヤバイ、見つかった>
逃げだそうと、逃げ道を探すも、無事に通り抜けられそうなスペースはない。彼女の脇をすり抜けるのは不可能だった。もう、観念するしかない。

「アンタ!!また来たの!? 」 そう言って彼女はオレを抱き上げた。柔らかな髪の匂い。うっとりしそうだった。
「ミャア」 彼女の驚きの声にオレは答える。
「窓から出なよ」と彼女は、オレを抱き上げたまま彼女の部屋に入ると、窓を開けてオレを外に押し出す。ちょっと待てよ。2階のベランダからどうやって、帰れと言うのだ。
「そうはいかんにゃー」オレは抵抗する。が、あきらめるしかない。
「今日はもう帰るにゃー」とオレは言った。「また会おうにゃー」
オレは2階のベランダから決死の思いでひらりと飛び降りた。

おわり

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学



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