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tetujin282828

Author:tetujin282828
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落ちていった
彼の母親は重い認知症で、いまは、隣県の施設にいた。この施設では、患者の衣類は家族が洗濯するのが決まりだった。そこで、家族と別居中の彼は、週末ごとに母親のお見舞いがてら、洗濯しに通っていた。認知症の母親の症状は、その日その日で変化した。先日訪れた時は、母親は彼のことがわからなかったようだった。彼が何を話しかけても、「はい」とか、「ええ」としか答えない。何かをしてあげても、「お世話様です」と頭を下げるのみだった。彼は、たまらずに、「おふくろ、俺だよ。ヒロユキ!」と呼びかけてみたものの、無表情に「どうも」と返事をするのみだった。彼は、いたたまれなくなって、母親の着替えを抱えて病院の洗濯室へ駆け込む。
1週間分の母親の着替えを洗濯していたら、涙があふれそうになってきた。そのとき、洗濯室にいたよそのおばあさんが、彼に声をかけてきた。そのおばあさんとは、よく洗濯室で顔をあわせていたのだった。
「いつも、大変ね。いいのよ、泣いたって」
おばあさんの言葉に彼は黙って頭を下げた。気がつくと涙がぼとぼと洗濯機の中に落ちていった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


人魚伝説
キラキラ光る波間に浮かんで、水中マスク越しに海底をのぞきこむ。黒い小魚が集団で隊列を組んだランダムウォークをしているその向こうに、砂地に同化したつもりのエイがひそんでいる。
フィンを静かにあおって、エイが体を半分潜り込ませた砂を巻き上げる。
体を現したエイは、何故見つかったのかと、あわてて胸びれを波打つように動かして逃げていく。

<お前ら、エイのあそこは人間とそっくりなんだぞ。よく見ておけよ>
関西出身の友人に言われて、ぼくは水槽のガラスに沿って水面に向かって泳ぐエイの体盤の裏側をじっくり見た。が、なにがなんだかよくわからなかった。学生の卒業旅行の頃の話。だから、だいぶ前のことだ。
先日、中島らも原作の映画「寝ずの番」を観たら、エイの話が出てきてこの話を思い出した。映画は、独特な語り口で上方落語界の人間模様をお通夜を通して描いた洒落気たっぷりの物語だ。学生時代の主人公の橋七は、なにが悲しいのか初体験の相手に海を泳ぐエイを選ぶ。エイのあそこが女性のあそこの感触に似ているかららしいのだ。漁船をチャーターして瀬戸内海へ漁にでかけ、ようやく釣り上げたアカエイとコトに及ぶ。無事に筆おろしを終えた橋七を、一部始終を見ていた船長が祝ってくれたという話だ。
中島らも(1952年4月3日 - 2004年7月26日)も、兵庫県尼崎市出身だ。一方、箱根よりも東で育ったぼくは、このエイのあそこに関する話を聞いたことがなかった。だから、このエイの話は関西を中心に定着しているのかと思いネットで調べてみたら、どうやらこの話は全国区のようだった。

こんな書き出しで、この文章は一ヶ月以上、ハードディスクに放置されたまま、まったく進まなかった。なんせ、エイで初体験! これほどの火の玉のような大ネタの後で、なにをオチとして文章を書けるというのだ。モチロン、中島らも氏がオトコとエイの話として取り上げたのなら、玉砕を承知でいっそのことタブーに果敢に挑戦して、女性とエイの組み合わせで書こうかとも考えた。しかし、書いたら最後、いつも私のブログに遊びに来てくれるジョセフィーヌがそれきり来なくなってしまうかも知れないので恐くて書けなかった。何で女性に女性の代用が必要だとその時に思ったのか今ひとつよくわからないのだが。
オチが思い付かなければ、文章をまとめる上で禁断の手を使う最後の方法がある。「エイなんて、でエイッきらいだ!」ってやるやつ。おいそこ、書く前にオチをばらさないように。
しかも、エイについて調べてみたら、その話にはまるで展開がない。日本ではエイを食べないと思っていたが、調べたら全国くまなく食べているようだ。カマボコにしてもうまいらしい。縄文時代の貝塚からも出土し、昔から食用として利用されてきたとのことだ。知らないのは私だけだった。
しからば、獣姦に話をもっていって・・・・・・。まあ、エイの場合は魚だから魚姦ということになるが。
ネットで調べてみたら、海洋民族である我々を反映して、人魚伝説(八百比丘尼(やおびくに))は全国津々浦々にあった。
「人魚を捕らえて!食べちゃったら!不老不死になって!自殺しちゃった!?」
あまりにも調べた人魚伝説が意外な展開を見せたので、文章が新聞のTV欄のようになってしまった。この伝説を知らなかったのも私だけのような気もするが。
ここでポイントは、めったに遭遇がかなわない人魚を捕らえて食べちゃうところである。・・・・・・普通、食べるか?
まあ、背に腹は変えられない。海洋民族たるもの、人魚は半分は魚なんだから、食べちゃうぐらいでオドロいちゃいけない。ところが、人魚を食べると不老不死になっちまうのである。しかも、そのオチが、「まわりの人がどんどん年老いて死んでいくのに耐えられずに自殺してしまうのである」
この民話は、得体の知れないものを食べちゃダメという教訓と、不老不死になっても結局は死んじゃうという宇宙の真理を表しておりとても奥が深い。・・・・・・というかまったく理解できない。

ネットを調べると、「何故、人魚には女性しかいないのか?」という説明から、「古来からの人魚に関する多くの記録を総合すると、(1)頭や肌が白い。(2)頭に赤くて長い髪がある。(3)体は魚の形で長い。(4)九州北部、日本海沿岸で多く発見されている。等の特徴があげられ、実は人魚のの正体はリュウグウノツカイという深海魚と考えられる」という内容を記述したホームページが多い。
人魚に女性しかいないのは、沖縄などの南の海でジュゴンを人魚として捉えていたためとする説である。ジュゴンのオスには、メスと同様に脇の下に小指ほどの乳首があり、下腹部には外性器のワレメがある。すなわち、〝素人目〟にはオスのジュゴンでもメスにしか見えないらしい。だから、オス・メス関係なく海洋民族のオトコどもはジュゴンを捕まえればやっちまうって説だ。ただ、これは沖縄などの南の方での話だ。ジュゴンが出没しない地方でも伝説になるような話ではない。
つぎに、リュウグウノツカイ。人魚伝説の最も古い記録は、「日本書記」(720年)にあり、このほか、「古今著聞集」「甲子夜話」「六物新誌」などに記録があるとされる。
この中で「日本書記」に出てくる文章は
推古天皇二七年(619)四月壬寅《四》◆廿七年夏四月己亥朔壬寅。近江國言。於蒲生河有物。其形如人。
推古天皇二七年(619)七月◆秋七月。攝津國有漁父。沈罟於堀江。有物入罟。其形如兒。非魚非人。不知所名。
たったこれだけ・・・・・・。「推古天皇の27年(618)4月4日、近江国蒲生河に人のような形の物がいた、続けて同年7月には、摂津国の漁師の網に、子供のような、魚でも人でもない、名も知れぬ物がかかった」という記述である。似たような話が『山海経』でも出てくるが、ここで言う「人魚」とは、河に住む生き物なのだからオオサンショウウオの一種と考えるのが普通じゃないか?

鎌倉時代中期の説話集『古今著聞集』巻第二十「伊勢國別保の浦人人魚を獲て前刑部少輔忠盛に献上の事」には、人魚についてのもっと具体的な記述がある。

「伊勢国別保といふ所へ前刑部少輔忠盛朝臣下りけるに 
或日大なる魚の頭は人のやうにてありながら 歯はこまかにて魚にたがわず 
口さし出てて猿に似たりけり 
身はよのつねの魚にてありけるを三喉ひきいだしたりけるを
二人してになひたりけるが 尾なほ土に多くひかれけり 
人の近くよりければ 高くをめくこえ人のごとし 
又涙をながすも 人にかわらず 驚きあざみて
二喉をば忠盛朝臣の許へもて行き 一喉をば浦人にかへしてければ 
浦人皆切り食ひてけり されどもあへてことなし その味殊によかりけるとぞ 
人魚といふなるはこれていのものなるにや」
これって、アザラシとか、オットセイとか、イルカとかシャチとか小型のクジラ?古文に強い方、翻訳してください。ってか、浦人はここでも人魚を喰ってるのかよ。

先の、(1)頭や肌が白い、(2)頭に赤くて長い髪がある、(3)体は魚の形で長い、の特徴は、ようやく「甲子夜話」で出てくる。(長いので原文の引用は略)
以上を総合すると、それぞれの書物で、「人魚」との遭遇を書いているが、同じ種類の人魚には遭遇していないんジャマイカ。民話とか、伝説とかそういった話は、まったく違った話がいつのまにか融合して、尾ひれがついて、手足が生えていつのまにか一人歩きするものだ。
ということで、今から1000年後の人々は、ネットに埋もれた古いブログデータを引っ張り出して言うのかもしれない。
「この時代の日本人は、めったに遭遇がかなわないゴマアザラシを捕らえて食べちゃうんだ!・・・・・・普通、食べるか?」


テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


エリック・クラプトン
エリック・クラプトンの私の好きな一曲をご紹介します。

Tears in heavenです。

クラプトンの5歳だった息子が高層マンションから転落して不幸にも亡くなってしまいました。

その時の想いを書いた曲だそうです。

Would you know my name,if I saw you in Heaven?

もし君と天国で逢えたなら、君は僕の名前を知っているだろうか?

Will you be the same,if I saw you in Heaven?

もし君と天国で逢えたなら、君は僕の息子でいてくれるだろうか?

I must be strong and carry on.

僕は強くなり、苦痛に耐えなければならない。

'Cause I know,I don't belong here in heaven.

なぜなら僕はこの天国にいられることは出来ないから。

たまらなくせつなくなる1曲です。

●エリック クラプトン (ERIC CLAPTON) Tears In HeavenのYou Tube動画を視聴したい方はコチラ→Tears In Heaven VIDEO

テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽


ナチュラル・アボーン・キラー
オレは自分で言うのもなんだが、根っからの殺し屋だ。情や感傷なんてものは、そもそも持ち合わせていない。オレの職業はリストカット請負人。といっても、決して自殺幇助をするわけではなく、プロとして自殺の一歩手前で衝撃的な自己破壊をするのを助けるのが仕事だ。
こんな仕事でも、結構食っていかれる。それは、近年の高齢化社会の閉塞感から、若年層および中高年層の間で境界性人格障害を持つ人が増えてきたためだ。
この境界性人格障害とは、簡単に言ってしまえば「神経症と分裂病との境界」。精神分裂病といってしまうには症状が足りず、かといって神経症でもない状態のヤツらをいう。具体的にどんな人格かというと、非常に衝動的で、感情の起伏が激しく、そのため対人関係がいつも不安定な人格。感情をコントロールする力が弱いため、ときに暴力的だったり、自殺を図ったりする。あんたらの周りにも結構いるんジャマイカ。
それで、オレの仕事とは、境界性人格障害をもつ暴力的な若者を、家族の依頼により徹底的に痛めつけて言うことを聞くように(つまり、逆療法ってヤツだ)したり、自殺を繰り返す老人に対して死ぬほどの痛みを分けてあげることだ。この仕事の難しさは、一言でいってしまえば暴力のさじ加減。相手が死んでしまえば、へたすると自殺関与・同意殺人罪で訴えられることになる。だから、相手を殺すようなドジを絶対踏まないように、医学的・生化学的な知識を総動員した上で事に望むことが不可欠だ。そのために、相手の健康状態を徹底的に調べ上げ、事の最中には最新の医療技術を駆使して相手を痛めつけている。
ただし、過去には1度だけ失敗したことがある。相手に与えた恐怖が大きすぎ、相手は完全に精神異常をきたしてしまった。その時に、依頼主(オレはそれを患者と呼ぶ)から莫大な慰謝料を請求されたこともあり、最近は相手に生命保険を掛けるなど万一の場合に備えている。また、最近多くなってきて頭を痛めているのだが、若い境界性人格障害のヤツらは抱えている不安感を解決させるために、自我の内部で自己の評価を上げる自己愛性人格障害にチェンジしたり、対人関係の不安定さを回避しようと、引きこもりのような状態になる回避性人格障害(不安性人格障害)に変わってしまったりすることがよくある。こうなるとやっかいで、10代のヤツらから威張り散らされたあげく代金を払ってもらえなかったり、まったくコンタクトが取れなくなって代金を払ってもらえなくなったりする。だから、こっちも相手が若いヤツの場合は、ヤツの境界性人格障害が進行しないように治療を施しながら、ヤツを痛めつけるような対策をとることにしている。
傍目には楽そうな仕事に見えるかもしんないけど、結構大変な仕事だ。
おまけに自殺者の急増に対して、昨年の5月に施行された「自殺を図ったものは最高6ヶ月の禁固刑」と制定された法律により、リストカットしてやった客が刑務所に入所して、境界性人格障害から回復してしまうケースが増えてきた。おっと、ブログとはいえ、制定された法律の年月日を正確にかかないと、校閲者(レフリー)にはねられてしまう。昨年2037年の5月11日に制定された法律だ。リピートオーダーをしてくれるせっかくの上客(オレに言わせれば患者)が減ってしまうのは悲しいものがある。といっても、世間にこちらの惨状を訴えることはできない。なんせ、オレの商売は、ヤミの商売だから・・・・・・。

実は、先月つかんだ客、コイツが問題だった。いつものように香港の病院に送り込んで、人間ドッグで徹底的に健康状態を調べた。この費用は、代金の半分をもらった前金で支払った。香港の病院に押し込むのは、病院のカルテから足がつくのを避けるためだ。だから、健康保険が使えないので診察料は目が飛び出るほど高い。が、用心にこしたことはない。
24歳のそのオンナは、精神に異常があるものの、末期的な虫歯が1本 がある以外健康上の問題はなかった。オンナの健康状態に関しては徹底的に調べたのだが、ただ、オレはヤツの経歴を調べるのを忘れていた。オンナはピイー・オー・エル・アイ・シー・イー、つまりポリスだったのだ。警察のおとり捜査だったのなら、諦めもつく。オンナはまじで境界性人格障害で苦しんでいた。リストカットを何回か試みて、それでも法律違反での逮捕はなんとか免れていたようだ。警察元暗し。もとい灯台下暗しってやつだ。

オンナとの契約内容の決行の日、朝から降り続く雨に嫌な予感がしていた。オンナは、一人暮らしのマンションに住んでいた。事前にオンナのケータイにフリーのメアドを使ってメールしたのだが、いつもはすぐに来る返事がなかった。オレは、雨に打たれてずぶぬれになりながらも念のためオンナのマンションに行って見ることにした。契約後に気が変わって、決行前に契約をキャンセルするケースもないわけではない。契約後の1週間はクーリングオフが可能ってやつだ。もちろん、この場合はもらった前金は返さない。その代わり、残りの金は諦める。それが、ヤミの商売ってヤツだ。

契約の決行の日に、患者と連絡が取れないというのは始めてのケースだった。このまま、シカトしてトンズラする手もあるが、へたに相手に開き直られて騒ぎにでもなれば今後の商売に差し支える。一応、契約実行のための努力をした形跡を残せば、客に誠意を示すことができる。オレは新聞の勧誘を装って、オンナのマンションの前に降り立った。花粉症用のでかいマスクをした上に、ニューヨークヤンキースの野球帽を目深にかぶって人相がばれないようにしている。マンションの玄関はロック式になっていた。しかし、しばらく待っていれば入居者が出入りするので、ドサクサに紛れて侵入することは可能だ。オレはオンナの部屋の前にたどりついた。部屋のドアの呼び鈴を押すが返事がない。ためしにドアノブを回してみると、それはすっと開いた。
「ごめんください」
「・・・・・・」
オレはすばやくドアの内側に体を滑り込ませた。たぶん、エレベーターの監視カメラに写った以外には、この部屋に入ったところを誰にも見られてはいないはずだ。
部屋の入り口から見える部屋の中は、オンナの趣味なのだろうカントリー調の家具が揃っていて、なによりも若い女性の生活臭がする。シャンプーの香りと、若干、生ゴミの混ざったような匂い。嫌なにおいではない。
「ゴメン・・・・・・ください」
オレは念のため、もう一度部屋の中に声を掛ける。緊急事態が発生したら、いつでも逃げられるように準備をしながらだ。しかし、入り口から見えるキッチンとその横のバスルームには人の気配がなかった。間取りは1Kってやつ。奥の部屋は引き戸が閉じられて入り口からは部屋の中が見えない。オレは靴を脱ぎ、入り口の脇にあるバスルームを確かめた。脱衣所の灯りをつけると、洗濯機のフタが開いているのが見えた。思わず本能的に洗濯機の中身をチェックしそうになったが、それは後でも可能だ。いまやる必要はない。浴室とトイレをを覗き込むと中は無人だった。掃除がキチンと行き届いている。オレは、奥の部屋のドアを注意深く開けた。オンナはベッドでゼーゼー言いながら仰向けに寝ていた。布団から部屋着であろうピンクのスウェットを着た上半身が苦しそうに動いているのが見えた。ベッドの脇のテーブルには飲みかけの缶ビールが置かれ、大量の開いたラミネート小袋が散乱している。ラミネートにはハルシオン0.25mg錠と印刷されている。明らかに眠剤だ。これだから素人は困る。

睡眠導入剤ハルシオンは、ネットを探せば結構売人が見つかる。
ハルシオン(トリアゾラム)は 血中濃度半減期が最も短いベンゾジアゼピン系の薬物だ。睡眠作用の他に、抗不安作用もある。このため、ハルシオンは心療内科などでは向精神薬としてよく処方されている。病院からもらったハルシオンを飲まずにためて、闇で販売している売人がいる。「ハルシオン売ります」っていうサイトがそれだ。ハルシオンは数千錠では致死量に至らない。また、100万錠を超えるという言う致死量を飲むとするとかなりの水が必要になるので、胃がパンクしてほとんど吐いてしまう。オンナは見たところ、20錠も飲んでいるのだろうか、これじゃあ酒に酔ったようなもうろう状態を生ずるだけだ。
肩を強く揺すると、オンナはまぶたを開けた。が、まぶたには力なく、再び上下のまぶたは閉じる。起きながら夢見てる感じなのだろう。声を掛けると目を閉じたまま一応返事はする。受け答えは頼りないが呼びかけに対し返事は全部あるし、さらに自殺などやばい事を起こさない程度の理性は残っていそうだった。
オレは、オンナをベッドから引き起こすと、浴室まで引っ張っていって、念のため、オンナの口の奥に指を突っ込み、胃の中のものを吐かせた。オンナは足元がフラフラなまま、吐くのを嫌がっていたが、後ろから両手をオンナの体の前に回し、コブシをへその上の胃のあたりに当て、上の方へすばやく押し付けたらすんなり浴槽の中へ吐いた。崩れ落ちたオンナは、わけの分からないことを言って泣き出した。
リストカットの衝動の原因は愛情対象の喪失であり、その背後には分離不安から来る精神的な自立への拒絶がある。周囲の人たちを心配させたり困らせたりして関心を自分だけに引き付けようとして、自分の手首に怒りをぶつけるのだ。あるいは、辛い思いを振り払い、思考回路から切り離そうとして手首を傷つける。だから、リストカットは自殺にまでいたるケースは少ない。しかし、後からわかったオンナの職業を考え合わせれば、このときのオンナの意識の底には自殺してはいけないという強い意識があるものの、リストカットを繰り返してしまう自分の弱さに絶望し、永遠の死を選択したのかもしれない。その後始末は、見ず知らずのオレに任せるつもりで・・・・・・。

ベッドにうつぶせになり、泣き出した女に向かってオレは言った。

「て め え、今 度、自 殺 し よ う と し た ら、 ぶ っ こ ろ す」

どうせ、明日になれば一時的な記憶喪失になっていて、今日のことはナンにも覚えていないだろう。泥酔した酔っ払いと同じだ。自殺に失敗したこいつは、もうリストカットなどしないだろう。また、客の一人が減った。オレはオンナの部屋を出ると、大きくため息をついた。朝からの雨は、まだ降り続いていた。また、ずぶぬれになって駅に戻らなくてはいけない。オレは生きていくのがイヤになった。
だ れ か、 お れ の 手 首 を 切 っ て く れ。
終わり

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学


雪山の道化師
もう、2ヶ月以上も過ぎたから、話題にしたところでヤバイ状況にはならないと思う。かなりローカルな話で登場人物が特定されたとしても、あくまでも本作品はフィクションだ。実際のイキモノとは関係がない。
個人情報の守秘義務に関する苦情は一切受け付けない。また、どんな圧力にも負けずに表現の自由を守る・・・・・・守りたいです・・・・・・守 れ ん の か よ。

3月に入って間もなくのことだ。3月いっぱいで退職する職場の先輩へ、お餞別として旅行ギフト券を贈ろうと帰宅途中に駅前のJTB窓口へ寄った。春休みの旅行シーズンを控え、JTBの店の中は学生やら帰省客やらで激混みだった。窓口にずらーと並んだ行列。夕刻の買い物時スーパーのレジや銀行のATM、はてまた人気のすし屋やラーメン店に並ぶ人々による行列は、現代日本の風景と言ってよいのかもしれない。列車の切符に限らず、ほとんどのモノがネットで買えるこの時代において、わざわざ行列に並んでチケットを買うのは、窓口でしか得ることのできない情報を求めるためなのだろう。
以前は、JTBやみどりの窓口でチケットを購入する場合、それぞれの窓口に人が並び、窓口の数だけの行列を作っていた。並ぶ方は、当然、短い行列を瞬時に見極めて最後部に並ぶ。ところが、窓口で抱えた物件により列の進行速度が異なる。後から来て隣の列に並んだ人が用事を済ませて店から出ていくのに、自分の順番はまだ数人待ちなどといった事態が起こった場合は、・・・・・・ひたすら泣く。なんて、オレは不幸な星の下に生まれてしまったんだろう。いや、泣くよりも前に、窓口カウンターで長々とあーでもない、こーでもないとワガママを言っていそうなヤツに対し、そのケツのアナをめがけて2本の人差し指をまとめてつき立て、<テンチュウー!>と叫びたい要求に駆られる。・・・・・・人もいるだろう。もちろん、理性のあるオレはじっとがまんするが。
まあ、行列で待たされるのは日本に限ったことではなく、イタリアの主要駅の窓口などは<カンチョー!>の声がかれてしまうぐらいものすごい強敵である。
ところが、この行列は進化した。いわゆるフォーク型の列の発現である。行列民主主義と言えるのかもしれない。このフォーク型により自分の運の悪さをひたすら嘆く機会がなくなった。ただし、この行列民主主義と引き換えに、かわいい女の子が受け付けている窓口をねらっていても、いつも、自分の番が来ると<え゛ー。おっさんかよ!>と自分の運の悪さをひたすら嘆く機会が新たに増えてしまった。

それで、この3月のJTB。店の自動ドアの前に、その2人の女の子がいた。通りすがりの誰もが珍しそうに、あるいは懐かしそうに2人を見ていた。そして、その子たちにジロリと睨み返されるとあわてて目をそらすそんな感じだった。彼女達のまだらに光る白色のヘアーが、より一層、ガングロをよりガングロにひきたてている。口紅の白は、縁辺対比で唇に立体感を強調しまさにメダツ。ミニスカートにお馴染み「厚底ブーツ」のいでたち。あの渋谷で死に絶えた山姥ギャルが、どういうわけか会社帰りの人であふれた駅前のJTBの入り口にいたのだった。彼女たちをかき分けてJTBに入っていく度胸はない。やはり、未知の生物と遭遇する恐さが先に来る。
どうしたものかと迷っていると、なんのことはない。ヤツらはJTBの店の中へ。そして、フォークの柄の元に2人が並んだ。続いて店に入ったぼくは、その後に並ぶことになる。もし、話しかけられたらどうしよう。あいさつは<ジャンボ!>だったけ?などと非常に心細い想いしていた。
結論を言えば、順番待ちの間ぼくは彼女たちから喰われて命を落とすこともなく、無事に用事を済ませることができた。並んでいる間、彼女たちの会話が聞こえていた。彼女たちの会話は理解が可能な日本語だった。・・・・・・あたりまえか。

「バスツアーって、チョー、ダルくねー?」
「ヤスいし、ネてりゃあ、スキー場にツクからラクじゃん」
「ショシンシャでもスべれんの?」
「たぶんスクールつきのツアーがあるからダイジョウブ。ボードもレンタルできるしー」
「バイト代、ウエアー買ったらナクなっちゃうよ」
「えー、まじ?そんな高いのかうの?」
「で、モチモンはあとなにが必要なの?」

どうやら、彼女達は、東北方面でスノボかスキーのバスツアーを探しているようだ。歳のころからすると、ヤツらが地球の生物で日本の学校に行っているとした場合だが、高校の卒業旅行なのだろうか。一生懸命バイトして貯めたお金で卒業旅行とは、なかなか感心な生物たちだ。
ぼくは、思わず、必需品として<ケツパッド入りのスパッツ>を彼女たちに勧めたくなった。こけたときに衝撃が和らぐし、暖かいし。が、下手に声を掛けても、厚底のブーツでケリを入れられるのがオチなので、踏みとどまる。
そうか、ヤツらバスツアーでスノーボードしに行くんだ・・・・・・。ぼくはその光景を思い浮かべていた・・・・・・・。

東京駅発の3泊5日のそのツアーバスに乗ろうとすると、バスの中央はすでにヤツら地球外生物で乗っ取られていた。天井に光る車内灯にまだらの白髪やらピンクの髪が反射する。その生物達は4つの個体でコロニーを作っていた。顔が異様に黒いため、車内灯が消されるとヤミに紛れて分からなくなるかもしれない。ただ、異様にデフォルメされたようなパンダ目だけがヤミの中で光るだろう。一晩同じバスで夜を明かすことになるオレは自分の不幸をのろった。

ゲレンデに到着すると、ヤツらは滑るより雪合戦とかに燃えていた。スクールのインストラクターは、恐る恐る・・・・・・すべり方を教える。でも、さすが初日はいくらやっても滑れなくて、段々とスピードがついて、ついに転倒。それも前方1回転!気を取り直してさらに滑ると、今度はあまりに勢いがなさ過ぎで途中のコブの上で立ち往生して、斜面のど真ん中で途方に暮れている。下にも滑れないし上に引き返せもしない・・・・・・。スキーのインストラクターから突き落とされて、ゲレンデを転がるヤツら。転がって転がって、最後は大きな雪玉から顔と手足だけが出てる・・・・・・。

しかし、アイツらのガングロは、意外と雪山にマッチするかもしれない。ゲレンデでスキーウェアって、誰でもかっこよく見える。俺もゲレンデではいつも、自分で「今ならいけるんじゃないか」って思ってしまってる。バカンス効果ってやつなのだろうか。

「次の方・・・・・・。お客さん!お客さん? お き ゃ く さ ん!!」
JTBの窓口のおっさんが、ぼーっとしていたぼくを呼んだ。少し怒った口調だった。見ると、地球外生物達ははじっこのカウンターで、窓口のかわいいねーちゃんと和気あいあいで相談中だった。その隣りのイスが空いていて、くたびれたネクタイのおっさんがこちらを見ていた。
・・・・・・なんて不幸なオレなんだ。

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イルカになった男
1.クリスマスの直前に
ジャック・マイヨールがこの世を去ったのは、2001年12月23日クリスマスの直前である。多くの人々にとって一年で最も幸福な時に、彼は地中海エルバ島の海が一望できる自宅の部屋で自らの死を選んだ。孤高の人なるが故の孤独の死。あまりにも寂しい結末であった。うつ病だった彼が自殺した部屋には、イルカの置物と母親の写真が飾ってあったという。多くの人に愛され、尊敬されていた男が何故、孤独と絶望の淵に追い込まれていったのかは今も謎のままである。いったい、彼は何ゆえに自らの人生を閉じるに至ったのだろうか。

2.フリーダイビング
一呼吸でどれだけ海深く潜れるかを競うフリーダイビング(素潜り)。1952年、イタリア人のレイモンド・プッシャーは、このフリーダイビングで水深39mという記録を達成した。その後、イタリア人のエンゾ・マヨルカは1961年に水深50m、1962年に水深51mを記録し、以来30年に渡りフリーダイビングの歴史を紡ぎ続けた。一般に息を止めて深くまで潜ると水圧で肺が締め付けられ、スクイーズと呼ばれる障害が発生する。肺にスクイーズが発生した場合、胸壁から肺が剥離し損傷を受ける。このため1960年当時、人間が素潜り出来る限界は、40m程度までと信じられていた。

この想定された人間の限界を突き破ったエンゾの記録は、さらに、1966年6月に、この物語の主人公、フランス人のジャック・マイヨールによってバハマのフリーポートで破られる。記録は60m。彼もまたフリーダイビングの基礎を築き上げた一人である。そして人間の限界への挑戦は、さらに熾烈を極め、同年の11月には、エンゾが62m、翌年にはロバート・クロフトが66m、ジャックが70m、クロフトが73m、エンゾが74mと三つ巴の戦いが続き、クロフトの引退後、ジャックとエンゾの一騎打ちとなる。ついに、1974年9月にエンゾが87mの世界記録を出した際、浮上中に彼はブラック・アウト(突然意識を失ってしまうこと)してしまう。これを機に、常に死の危険を伴うフリーダイビングの競技は禁止となった。このエンゾの87mの記録が人間の限界とされた。その後、人類で初めて、100mの深海に舞い降りたのは、我らがジャックであった。成功したのは2年後の1976年、彼が49歳の時である。彼はフリーダイビングの競技者ではなく、生理学の実験者として人間の水棲能力の限界を調査しての結果だ。

3.グラン・ブルー
ジャックとエンゾの水深100m超える記録への一騎打ちは、1988年リックベンソン監督による映画『グラン・ブルー』で描かれ、広く知られている。水中では、長い波長の光は減衰しやすい。したがって、深く潜れば赤や緑の色は黒い色に変色して見え、ついにはブルーだけの世界となる。この映画は、水中撮影の第一人者ボブ・タルボットによる洗練された映像、光あふれる地中海の景色、そして透き通るように美しいエンヤの歌声で構成され、観る者を神秘的なブルーの海の深みへと誘い世界的な評価を得た。なお、この物語とは直接関係はないが、深さへの記録の挑戦は世代を変えて続いており、1990年代にはキューバ人のホセフランシスコ・ピピン・フェラレースとイタリア人のウンベルト・ペリッツァーリが、ライバル同志となって深海に挑んでいる。その姿がドキュメンタリー映画「Oceanmen」で描かれている。歴史は繰り返すのだ。ちなみに、現在の記録は、2006年8月にトム・シータスがクロアチアで183m、この時の潜水時間は3分14秒である。

映画「グラン・ブルー」で描かれているフリーダイビングは、ノーリミットと言われる潜水競技である。フリーダイビングには3つの方法があり、一つはダイバーが自分の力だけを頼りに潜るもので、潜降も浮上もすべてフリッパー、つまり足ひれだけで行う重量固定式閉息潜水(コンスタント)、30kg以下に定められたザボーラと呼ばれる重りを用いて目的の深度まで潜降し浮上にはフィンを使って、あるいはガイドロープを手繰って浮上する重量変動式閉息潜水(バリュアブル)、もう一つが、映画「グラン・ブルー」でおなじみのノーリミットで、規定なしのザボーラで潜降し、目標水深に到達したらザボーラにセットされた浮き輪やブイに自分でエアを注入し浮上するものである。いずれの方法もガイドロープに備え付けのマーキング(目標水深に取り付けた証明タグ)を取ってすぐに浮上する。記録は重りなどの器具を使用する分ノーリミットの記録が一番高い。なお、圧縮したヘリウム-酸素混合ガスを用いた130kgもある呼吸器を使う潜水(ヘルメットダイビング)では、実に400mの深さの潜水が実験的に行われている。したがって、フリーダイビングの記録は息こらえの限界への挑戦ということになる。ジャックは、いつか人間が200mの深海に到達し、10分の息こらえが可能になると信じていた。はたして、どこまで記録伸びるのか予測するのは困難であるが、ジャックのようなパイオニア達が、それを達成する日がいつか来るかもしれない。

4.潜水限界
先にも書いたが、ジャックとエンゾが自らの命をかけて記録へ挑戦を続けていた当時は、人間の潜水限界は全くの未知であった。したがって、彼等、フリーダイビング競技者が自らの身体を実験台にし、深海での人体生理学の調査を行ったと言える。そして、彼等の実績は、水中での人体生理学に対して長足の進歩をもたらした。ここで、人間が水中に深く潜った場合の人体への影響を見てみよう。
深さ10mのプールの底では、水圧が1kg重/cm^2となる。これは、1cm^2という小さな面積に1kg重もの力が働く圧力であり、大気圧と同じぐらいであるが、実際に物体が受ける圧力は「大気圧+水圧」なので約2気圧となる。これゆえ、空気の入った風船を水中に沈めると、10m沈めたところで2気圧となり風船の体積は半分となる。この圧力と体積の関係をボイルの法則といい、スクーバダイビングの教科書の第1ページに出てくる物理学の基礎である。
さて、体外の圧力が増すと、その圧力は血液や体の組織にも伝わる。しかし、人体の大半は水で構成されているために圧縮されることない。そのため腕や脚などは、水圧が上がってもあまり圧力を感じない。一方、肺の内部、副鼻腔、耳の内部の空気は、外部の圧力の増大に伴って圧縮し、そこの部分でスクイーズ、すなわち痛みや組織の損傷が起こる。肺は水圧がかかると横隔膜がせり上がり、同時に、胸郭が変形することで、肺の体積変化に追従するようになる。このためには、横隔膜と胸郭の柔軟性が不可欠である。もし、肺が損傷すればラングスクイーズが発生し、症状としては血痰がでる。これは、フリーダイビングの競技者の多くが経験しているようである。また、深い海の底では肺が水圧で潰されるのを防ぐため、肺胞から血漿が浸透する。それにより、小さくなった肺の中が血漿の液体で満たされる事になる。これをプラズマフィリングという。浮上と共にこの液体は逆に血液中に戻っていくが、若干は残る。このため、唾に黄色い液体が混ざる現象が起こる。このプラズマフィリングは、ラングスクイーズに比べれば特に大きな問題ではない。
鼓膜にかかる圧力は、鼻をつまんで息を吐き出すことで、あるいは唾液を飲みこむことで中耳と喉の奥をつなぐ管(耳管)を開き、中耳の内部の気圧差を無くすことで鼓膜の破裂を回避できる。フリーダイビング競技で、海中に潜って行くダイバーたちが、水中で鼻をつまんでいるのを見かけるが、それは耳抜きと呼ばれるこの動作である。また、ダイビングマスク内部の気圧の増大は、場合によってはガラスの破損を引き起こし怪我に繋がる恐れがあるが、鼻から息を出すことでマスク内部の圧力を上げて外との圧力差を解消することができる。

5.水圧との戦い
ジャックが潜った水深100mでは、水圧は11気圧。この時の肺の容積は一般の成人男子の肺の容積を平均5000mlとすれば、455mlまで圧縮されることになる。マスクの容積を50mlとすれば、マスク内部の圧力を上げるためにその分の空気を必要とする。したがって、肺の中には400cc程度の量の高圧空気しかない。この量の空気で海面に浮上できるまでの時間、持ちこたえなければならない。また、肺の中で圧縮された空気において、その中に含有する酸素の分圧も同様に上がる分、酸素を取り込みすぎることによる酸素中毒になる懸念もある。
 「人間が素潜り出来る限界は、40m程度」と当時の医学会がフリーダイビング禁止を訴えたにもかかわらず、ジャック、および、エンゾらが、深さへの挑戦を続けたのは、彼等が深い水の底で、自分の胸郭が変形し、お腹がぺしゃんこになるのを自覚してのことなのかもしれない。腹腔内部が胸郭内部にせりあがることで空孔を塞ぎ肺は守られる。しかしながら、誰も実証したことのない領域に踏み込むのは非常に勇気を必要とする。彼等が、未知の領域において死の恐怖と戦い自分に打ち勝ったのは、記録が陳腐化した現在においてもなお賞賛されるべきことである。

6.あぶないサンバ
潜る時の圧力変化と同様に、深い海の底から海面に浮上する時も、圧力の変化に起因する様ざまな危険を伴う。周りの圧力が高ければ、ガスは圧力に比例して液体に溶け込む。これをヘンリーの法則と言う。ダイビングの教科書の2ページ目に書いてある物理の基本である。肺に取り込んだ空気の約80%は窒素である。深く潜った時に高圧環境下で血液や組織中に溶けていた窒素が、浮上に伴う圧力の減少で過飽和となり気泡を形成することにより減圧症を生じさせる。発生した気泡は膨張して組織を傷つけ、さまざまな器官内部の血管をふさいだり、血栓ができるきっかけを与える。血管の閉塞は、痛みやさまざまな症状を起こす。窒素の気泡は炎症も起こすので、筋肉、関節、腱の腫れと痛みを引き起こす。空気タンクを使うスクーバダイビングでは深海からの高速の浮上など、不注意な潜水でよく起こる病気である。その昔、沖縄の潜水漁を行っているダイバーが短命だったのは、この減圧症のためと言われる。特に急性期の発症症状、つまり浮上2時間以内に発症する場合をベンズと呼ぶ。
また、体に溶け込んだ窒素はその時の体調によっては窒素酔いを引き起こす。症状としては、思考力の低下、視界が狭くなる、躁あるいは鬱状態などがあげられる。
さらに、酸欠による失神。長く潜ろうとすれば、潜る前に人は本能的に深呼吸を激しく繰り返す。つまり、肺の喚気を高めることにより、体内の二酸化炭素分圧を下げる。これをハイパーベンチレーションと呼ぶ。潜降前に二酸化炭素分圧が通常のレベルより下がっているので、呼吸中枢が反応すべきレベルまで二酸化炭素が肺内にたまるのに時間がかかる。このため苦しくなって浮上した時には、体内の酸素消費に加えて水圧低下による酸素分圧の低下が合わさり、急激に体内酸素濃度の低下が起こる。この状態で眼前が真っ暗になり、気を失う現象をシャローウォーターブラックアウトという。浮上中の失神である。地上で失神するまで息こらえをするのは非常に苦しいのに対して、水中では比較的容易に失神にまで至る。失神はすなわち意識混濁(Lossofmortorcontrol:LMC)のことを指すが、その一歩手前で、限界に近い息こらえにより、呼吸も含めて体の動作がコントロールできなくなって、足の筋肉などがガクガクと痙攣する。その様子がブラジルのサンバ踊りに似ていることから、酸欠で失神することを”サンバ”と関係者は呼ぶ。

7.神経症を超えて
この他、海で潜る場合は、不安神経症に陥る場合も少なくない。ダイバー達は、自分は絶対死なないと信じて海の底へ潜っていく。もちろん、これは経験に裏づけされた自信から来るものであるが、実際には長年海中に潜った経験豊かなプロでも海の底では恐れを感じると言う。輪島港から北へ48km沖の日本海に浮かぶ舳倉島(へぐらじま)(輪島市)では、万葉の昔から海女によるアワビ漁が営まれている。彼女らは、浜辺から100m沖のあたりを潜る。幼いころから慣れ親しんだ海で、深さは10m、40秒から1分潜ってアワビを採る。しかし、ベテランでも海中で急に不安に襲われたり、呼吸が荒くなったりすることがあるらしい。ある海女さんは、深場に潜っていて急に潮の流れが変わり、体が押し流された。水面を見上げると、さっきまでまっすぐ垂れていた命綱が大きく弧を描いている。これを見た時、動悸(どうき)が速まり、死を身近に感じた。それ以来、パニック症状を抑える精神安定剤が手放せなくなったという。漁に出る前、必ず薬1錠を飲む。
「お守りみたいなもの。ほかの海女も飲んどるよ」。
不安神経症だ。海女の半数にものぼるという。海底が見えるアワビ漁でも、このように死の淵を覗き込むような恐怖が起こる。まして、フリーダイビングでドロップオフとなった限界が見えない深淵に吸い込まれて行く時、日常生活とは明らかに違う「死の静寂さ」というべき意識体験をする彼らの恐怖はさらに大きいものであろう。人間の生への本能に逆らって海に潜る行為は、精神に大きなダメージを及ぼしがちなのだ。

8.呼吸
以上のように、フリーダイビングは一歩間違えば死に至るスポーツである。したがって、ジャックを含め、その教え子のフリーダイバー達は、潜る前に儀式とも思えるような非常に神経質なまでのコンディション管理および精神集中を行う。ジャックはヨガの呼吸法を行っていたことで有名であり、1990年代のチャンピオンであるウンベルト・ペリッツァーリもまた、ジャックのトレーニング方法に影響を受けて、気功法やその他様々な分野から、フリーダイビングに応用できる呼吸法を試みていた。
ジャックは、海に潜る前に30分ほど息を整える。結跏趺座に足を組みながら右手で鼻を摘むようにしてゆっくりと深く呼吸する。それはヨガの呼吸法のひとつスカハプルバク呼吸法に似ており、その呼吸する姿は、インド・チベットの高僧を思わせる。このヨガの呼吸法は、心身のリラックスに非常に有効であると言われている。人体は交感神経と副交感神経により常時コントロールされて、環境の変化などに対応できるようになっている。交感神経は外敵の攻撃に対して逃げたり、反撃を加えるために副腎のアドレナリン分泌を亢進し、心拍を速め動脈を収縮させて血圧を上げるなどの働きをする。これと対称的に、副交感神経は血圧を低下させ末梢の循環を改善するなど休息の状況を作る。
我々は、何をするのにも自分の行動は自分で意識していると思っている。しかし実際には自律神経の働きで心拍動や呼吸、消化など基本的な生命維持機能は自動的に行われている。同様に怒りや緊張などの精神状態の変化や運動をした時にも、心拍や呼吸数は必要なだけ自律的に変化する。このように通常は自律神経(交感神経や副交感神経)によって制御されている心拍や呼吸であるが、心臓と違って呼吸は意識してコントロールすることができる。ゆっくりと呼吸をすると、交感神経の緊張状態がとけて副交感神経が優位になる。すなわち、ゆっくりと息をするだけで自律神経を介して心身をリラックスした状態に変化させることができるのだ。
ヨガでは、実際にはゆっくり呼吸するばかりでなく、腹式呼吸、正式には横隔膜式呼吸と呼ばれる方法を用いる。この呼吸法は、その名の通り横隔膜を上下させる事で、肺のまわりのスペースを大きくしたり小さくしたりして息を吐いたり吸ったりする方法である。実際、ジャックやウンベルト・ペリッツァーリは、潜る前の準備段階で横隔膜引き上げ「お腹をペチャンコ」にして息を吐く。その後、横隔膜を今度は引き下げて吸気する。その時お腹がポコンと膨らむのが見える。ジャックは潜水すると心拍数が減少したらしく、潜水三分後には40回/分と半分に落ちていたらしい。その結果水深3メートルのプールに4分9秒も潜っていられたとの記録がある。

9.ジャックとイルカ
ジャックとフリーダイビングの関係を語る上で、イルカの話を抜きにすることはできない。
Idelson Gnocchi Publisher Ltd.のホームページよりジャックの言葉を引用する。

“One day babies of the future will be reconnected to the aquatic evolutionary past. They will be totally in harmony with the sea and diving and playing at great depth with their marine cousins、 holding the breath for a long period of time and giving birth in the sea even in the presence of dolphins. Homo Delphinus is not just a concept.”
”http://www.thejacquesmayol.com/MayolBiography.htmより”

”未来の子供たちは、いつか、過去に進化した水棲動物と再び交流するだろう。彼等は海と調和し、水中で長い時間息をこらえることができ、イルカと同じように水中で生まれ、深く海中に潜りイルカと遊ぶであろう。ホモ・ドルフィナスは概念だけではない。”(筆者訳)

10.ジャックの生涯
1927年、上海のフランス租界に赴任していた建築技師の父・ローラン・マイヨールと、ピアニストの母マルセルの二男として生まれたジャックは、毎年夏になると家族で佐賀県の唐津へ休暇に訪れた。それから十三歳までは上海で過ごすが、彼の東洋的な哲学的思想はこの経歴がもたらしたものと考えてよいであろう。第二次世界大戦を機に一家は父の故郷のマルセイユへ引き揚げた。戦後は父親の建築事務所に就職するが、21歳の春、マルセイユを飛び出して北欧やラップランドを放浪する旅に出る。途中、デンマーク美人の妻・ヴィブケと出会い、長女ドッティと長男ジャン・ジャックが生まれるが後に離婚。さらに、旅は続き、炭鉱員やルポライター、皿洗いなど職を転々としながら世界を巡ったらしい。
1957年マイアミの水族館でクラウンと呼ばれる一頭のイルカと出会ったジャックは、クラウンの水泳法からヒントを得て、一呼吸で最大3分半の水中滞在やフィンを使用した150m泳法を編み出した。その後、バハマのケイコス諸島で素潜りによるロブスター漁を始めたジャックは競技としてのフリーダイビングを開始。
1970年代末に出会ったエンジェリーナ・バンディーニとの恋愛と失恋。映画「グラン・ブルー」の公開と大ヒット。「グラン・ブルー」は、大ヒットしたことで関係者間に金銭的な問題を引き起こし、ジャックと監督のリュックベッソンは以後絶交する。また、映画「グラン・ブルー」で描かれたジャックの物静かな哲学的な青年のイメージと、現実では自我が強くて、探究心旺盛で、行動的な自分との間の葛藤や、老いから来る孤独感などが重なり、晩年には絶望感を募らせていたと言う。また、映画の中では、彼が日頃から伝えたかった地球保護のメッセージが一つも反映されていないことも原因のようである。自殺したのは74歳の時だった。ジャックの遺体は、電話に出ないのを不審に思った隣人のマリーナ・ドナーティ(61)によって発見された。検死によると死亡日時は、前日までさかのぼるという。警察官が部屋で見つけた手紙には火葬して欲しいとの遺志があったらしい。
映画「グラン・ブルー」の結末は、人によって解釈が異なるが、ジャックは、深い海の底でガイドロープから手を離し広大な海へ向かっていった主人公の行動を「自殺」と捉えている。彼は、グラン・ブルーの上映会のトークショーで、「私は映画のように妊娠した女性を置いて自殺したりしません」と語ったと言う。謎は深まるばかりである。なぜ、自殺と対極にあるジャックが、死を選択したのか。彼が何故「グラン・ブルー」で主人公が選択したように海で死なず、陸の上で孤独に首をつらざるを得なかったのか。

11.イルカは自殺しない
イルカが自殺することはない。日本近海で2000年以降急増している小型鯨類の集団座礁や大型鯨類の座礁(ライブ・ストランディング)に対して、個体に感染した伝染病が群れに蔓延することを防ぐため、あるいは自ら個体数を調節して集団自殺するとする説がある。しかしながら、イルカや鯨類はかなり臆病であり、サメや大きな音などに驚いて浅瀬や湾、港の中に入り込むことはよくあることらしい。また、最近、米軍が認めた潜水艦や船のソナーによるイルカ達の聴覚及び脳への傷害が彼等の座礁につながっていることが明らかになってきた。米カリフォルニア沿岸だけでなく、世界中にその危険があり、座礁の主要因となっている可能性がある。少なくとも、ジャックはイルカが自殺しないことがわかっていた。
ジャックが無くなる数年前のこと。唐津湾に三頭の小さなクジラが迷い込んだことがある。唐津に来たジャックは、クジラを湾から保護しようする人々に向かって、「死ぬものなら、死なせろ!」と叫んだそうだ。
「クジラがいつ、助けてくれと言った?いいか。助けてくれと言ったわけでもないのに、助けようとすること自体がおこがましい。あのクジラたちは人間に助けてもらおうなんて夢にも思ってもいないのだよ」
結局、水族館に保護された二頭のクジラのうち一頭は死んでしまう。ジャックは、この時、イルカばかりでなく、特定のクジラにもそばで泳ぐことができるほど海の動物のふれあいに長けていたらしい。そんな彼が、あえて迷い込んだクジラを放っておけと主張したのは、彼等は必要があれば自分の意思で浅瀬から出て行くことができることを知っていたからであろう。また、浅瀬に迷い込んだのは、身体の変調が原因であり、浅瀬から出て行ったところでダルマザメ(クッキーカッターシャーク)に襲われ長くは生きられないことを知っているからだ。どうせ、生きられないのなら彼等の好きにさせれば良い。彼はそう考えての発言と考えられる。

12.宿命
海の中での生存は、思ったよりも難しい。小魚類を餌とするイルカ達の捕食法はさまざまなパターンがある。同種のイルカでも棲む海域によってエサとなる魚の生態が違うので、環境に合わせた方法で捕食している。しかし、個体よりも集団で捕食することが多い。群れで魚影の下に入り込み、魚を水面まで追い上げ取り囲んでしまい、その魚群の中に突進してパニックになった魚を捕る豪快な漁を行う。クジラやイルカの老衰により死亡した漂着死体がまったく観察されないのは、年老いた個体は群れに留まることができず、単独で行動せざるを得ないからだ。群集生活を送る野生動物がその群れを離れれば、それは直ぐに死を意味する。単独で取ることができる餌の量は知れているからである。また、外敵に襲われれば一個体ではひとたまりもない。いずれ、泳ぐ能力の衰えた年老いた個体は、ダルマザメなど天敵の餌食とならざるを得ない運命なのだ。
また、座礁個体の内の約1/3には、尾ビレが千切れて無くなっているものがある。以前は、サメによるものと考えられていたが、定置網に掛かった個体の尾を漁師が切り落としているのが事実のようだ。また、定置網以外の場合でもイルカを捕獲した場合は、漁のジャマをされないように尾を切り落とすらしい。泳ぐ能力の低下した個体を1/3ほど持つ群れ。こうした群れが外敵に襲われれば、必然的に集団で浅瀬に逃げ込まざるを得ないのかもしれない。ジャックの主張は、この点に関しても人間が自然の動物に手出しをするなという警告を込めてのことである。

13.伝説の終わり
ジャックの訃報を聞いて、ぼくは真っ先に長年のダイビングによる肉体的・精神的なダメージの蓄積を疑った。死の淵を垣間見て、そこに身をさらすことは、精神に重大なダメージを与えることを前述した。だから、彼の心の奥深くまでダイブして、彼の死の真相を知りたいと思ったのだ。しかし、いろいろ資料を集めて調べて行く内に、彼は何事にも囚われない自由人であることに気が付いた。彼は愛する家族も捨てて、世界中を泳ぎまわっている。彼のライバルであったもう一人の伝説のダイバーであるエンゾ・マヨルカは、ジャックのように自由に生きることをやめて、家族を大切にし、海を守るために政治家にもなった。ジャックとエンゾは、選択した道こそ違うが、「海を守る」という同じ目的のため後年行動を起こしている。
「もし人間の思考と精神に、兄弟であるイルカのインスピレーションが少しでもあったら、傷ついてしまった我々共通の惑星地球は、かつてそうであったようにパラダイスに戻ることができるだろう・・・・・。」
晩年は白髪に、白い口ひげを蓄え人懐っこい笑顔。日焼けして深くしわが刻まれた顔に、グレーの目が印象的だった。彼の夢とともに彼の思い出はいつまでも我々の心に生き続ける。彼はまた、ぼくらの心の奥深くまでダイビングした人であった。
自然の叡知を学び、「今」を生きる。休暇で賑わうクリスマスの前日に、老け行く自分をはっきりと意識した自由人ジャックは、イルカと同様に群れからひっそり離れることを希望した。イルカとともにあった彼は、また海に帰って行っただけなのかもしれない。どこかの海のブルーから群青へのグラディエーションのなかで、元気の泳ぎ回ることを夢見て。伝説はあっけなく幕を降ろしていく。現実とはそんなものなのだ。

Jacques、 I won’t say good bye. His message will forever be alive at the deep bottom part our hearts.
He just select his last trip not by sea、 but by land. I see off him with tossing the oars.
Have a good trip. I promise to do my best for my life、 Jacques Mayol.

14.あとがき
自らの死を選択した先達に対して、そこに至った背景を理解しようすることは、残された大抵の人間がやろうとすることである。ジャックは、「理解するなんて頼んでもいないこと、大きなお世話。」と言い捨てるかもしれない。しかし、この宇宙において、地球のような生命体が繁殖する星の存在確率は、さほど高くは無いと推測される。その中でも、高度な文明社会を形成している地球は奇跡の存在と言ってよい。すなわち、日常のささいな事でも、それは種々の奇跡の綾なすことであり、我々の毎日の生活は十分に意味のある貴重な時間を過ごしていると言ってよい。神は我々の中にいるのだ。だから、我々は生きようとする意志、生きる本能をわれ等自身に持っている。自殺者に対してその心情を理解しようとするのは、逆に生きるためにはどうすれば良いのか、その答えを見つけ出そうとするわれ等の生存本能によるものなのだ。
この地球では、10歳にも満たない年齢で戦場に駆り出されたり、生きたくても生きられない人間が多数いる。その一方で、自らの意思で死を選ぶ人間もいる。その数を考えると、人間としては自殺が必然性のあることかもしないと考えざるを得ない。
一つの仮説であるが、闘争本能が脳内の活性物質による作用なら、その分泌レベルによっては死の恐怖や心の痛みを和らげる機能もあるのだろう。すなわち、脳内活性物質の分泌濃度によっては、ある閾値よりも下のレベルでスイッチが入り、死の恐怖を失い、そして自らの死を選ぶ。特定の精神状態の状況下で、自らの重量が21グラムの軽減する結果、こうしたことが起こるのかもしれない。そして、これは人間の種だけが、太古より遺伝子レベルでプログラムされていることなのだろう。

ジャック、ぼくはさよならは言わない。
彼のメッセージは、我々の心の奥底で生き続ける。
彼は、最後に船出よりも陸路を選んだだけだ。ぼくは、オールを立てて彼を見送る。
Have a good trip. I promise to do my best for my life、 Jacques Mayol !!.

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啓太の運動会
<啓太、とぼとぼ一人でゴールに歩いていったんだよ>
別れた娘からのメールだった。今日は小学校に通う、別れた息子の5月の運動会だったらしい。運動だけが取り得の息子は、運動会だけが主役になれる日だった。心地よい5月の風に吹かれながらのかけっこ。当然、いつものように一等だったのだろう。

そして、借り物競争。啓太がひいた札には「お父さん」と書かれてたらしい。借り物競争だ。一番近いところにいる中年の男をゴールに連れて行けばいい。だが、啓太はどうやら自分の父親と一緒にゴールしなくちゃと勘違いしたみたいだ。しばらく、うつむいて。
でも、どうしようもなくて、ひとりでとぼとぼゴールに向かったんだろう。
俺は、その時の啓太の気持ちを考えると、心が締め付けられてしまう。唯一、他の子に勝てる自信があった運動会。この日だけが、かれがヒーローになれるときだった。だれからも、うらやましがられ、そして注目される日だった。しかし、借り物競争で引いた札には、かれにはどうにもならない父親の文字が記されていた。・・・・・・いない父親を探してみても始まらない。

ひとり、コースに取り残された啓太。
啓太よりも2歳上の中学生の娘は、目に涙を浮かべて啓太を応援する。ゴールで待っている教師は、一人で歩いてくる啓太をしかりとばす。たかが運動会で、幼い子は心を痛めた。
(inspired by 花田少年史 幽霊と秘密のトンネル)

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電車の中の道化師
電車のドアが開いて、その二人の女の子は乗ってきた。車内の誰もが最初は珍しそうに、あるいは懐かしそうに見ていた。そして、その子たちにジロリと睨み返されるとあわてて目をそらすそんな感じだった。彼女達のまだらに光る白色のヘアーが、より一層、ガングロをよりガングロにひきたてている。口紅の白は、縁辺対比で唇に立体感を示しまさにメダツ。ミニスカートにお馴染み「厚底ブーツ」のいでたち。あの渋谷で死に絶えた山姥ギャルを久々に目の当たりにする非同時代性。恐さよりもむしろ懐かしさが先に来る。彼女たちのいる車内の光景はつかの間の違和感があったものの、電車が動き出しありふれた日常の再開。スゲェ風貌だが、都会では他人からの刺激感受性はすぐに鈍化していくのだろう。ギャル達はつり革につかまって「マジつまんねーシーッ」とか言い合っていた。

高田馬場を過ぎたあたりで、乗客の間で緊張が走った。それは電車の中に響いた怒号によるものだった。
「何ジロジロ見てんだよ? オォ? 眼球に液体ムヒ塗ってやろうか コラァァァ!!! おメェーなんてアレだ! カレーうどんの中にケータイ落とせっ!!」
見ると山姥ギャルの一人が、同じく新宿から乗ってきて近くのつり革につかまっていたサラリーマン風の男に吼えていた。
ガングロだから表情はよくわからないが、怒声からするとマジにぶちギレしているようだ。おそらく、その40代のサラリーマン風の男にガンを飛ばされたので、威嚇しているのだろう。

サラリーマン風の男は、始終、無言だった。男は、ジェスチャーで胸を押さえ、苦しそうにしてみせる。男のやや大げさな、どちらかといえばシャープな身振りに、最初は同情していた周りの乗客も彼のパントマイムを見るように見とれてしまう。男は無言で両手を目の前で合わせ、お願いのポーズをとる。
山姥ギャル達は、あっけにとられたように男を見つめ、そして手にしていたケータイの電源を切った。彼女達も男の身振りの意味するところに気づいたようだ。男の要求を受け入れてケータイの電源を切った山姥ギャル達の行動に、電車の中はみるみる緊張がとけた。そこのスペースにはあったかい空気が流れた。少なくともぼくは、自然と笑みがこぼれていたから、居合わせた乗客のほとんどが同じ気持ちだったのだと思う。ただ、乗客たちの中には、あいかわらず自分のケータイのメールを読み続けるものが多くいたのだが・・・・・・。

電車は、池袋の駅に到着し、男と山姥ギャル達は他の乗客に混ざって降りていった。
彼らが降りた駅のホームで、ぼくは、男と山姥ギャルたちが笑顔でハイタッチをするのを見逃さなかった。あわてて電車を降りて、彼らを追いかけようとするぼくの目の前で電車のドアが閉まった。ジャーナリストの端くれとして、彼らの話を聞くチャンスを逃してしまったことを後悔した瞬間だった。

彼らは、いったい何者だったのだろう。何の目的で、あんなパフォーマンスをしていたのだろうか?考えれば考えるほど、不思議だ。あの駅のホームで見せた彼らのハイタッチは、彼らが以前からの顔見知りで、しかも電車の中のイザコザがすべては筋書き通りの芝居だったことを物語っているとしか考えられない。一体、彼らは何故・・・・・・。

走りだした電車の窓越しに、ホームに並んだ男と山姥ギャルたちと目が合った。男は、ぼくに向かって深々と頭を下げた。山姥ギャルたちはミニスカートのすそを片手でちょっとつまみ、笑顔を振りまいた。まるでパリのオペラ座(オペラ・ガルニエ)で公演でもしたかのように(ry。

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夜の星空
彼女はぼくのブログを訪れる。ケーキ作りが趣味の彼女だ。ぼくは彼女に、ぼくの姿を目にして欲しいと思う。ぼくが生きてここに存在して、君のことを思っていることに気づいてもらいたいと願う。

「藤澤さん」ぼくは知らないうちに声を出してしまう。彼女の名前を口に出したいと思う強い気持ちをどうしても抑えることができない。彼女はその声におびえ、警戒しぼくのブログに2度と訪れなくなってしまうかもしれない。そんなことになったら、ぼくはひどくがっかりするだろう。生きる目的を失ってしまったかのように、心を再び閉ざしてしまうかもしれない。それでもなお、彼女の名前を口にしないわけにはいかない。
彼女の瞳をまっすぐに見つめることができたらなと思う。彼女が、今何を考え、何を感じているのが読み取れたならいいなと思う。
ぼくはキーボードを打つ手を止めて、窓を開け夜の星空を見上げる。
夜の星空を見上げる。

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9:59舞浜駅着
家族と別居中の彼。一年ぶり子供達に会うため、舞浜駅の南口・東京ディズニーランド入口側の改札で子供達を待った。東京からの9:59舞浜駅着の快速電車から降りた大勢の客の中に、中学2年になる息子と中学1年の娘がいた。ディズニーランドへはこれまで家族で数回来ているが、一番最近訪れたのは2年前の夏。子供達の夏休みに3人で来た時だった。

一年ほど見ない間に一回り大きくなっている子供達をじっと見ていると、2人は照れたように近づいてくる。中一の娘は、ときどき携帯からメールをくれるものの、実際に会うと話しづらいのか彼女もよそよそしい。横殴りの雨の中、ランドまでの道のりを3人とも何を話していいのかわからず沈黙がちだった。直接会って、いろいろ聞きたいこともあった。普通の父親がするように、悩み事の相談なんかものってやりたかった・・・でも、もう親離れの年頃なのか、会話しようにもきっかけがつかめず、そのままイン・パーク。まずは、3人でビックサンダーマウンテンのファースト・パスをとると、指定の時間まで待ち時間の少ないサブアトラクションを回った。いろいろアトラクションを回る内に少しずつ3人の会話は増えてきた。が、お互いに気を使っていて、どこかよそよそしい。
ザーザー降りの雨の天気ながら、冬休みに入りランドは小学生ぐらいの子供達でにぎわっていて、人気アトラクションは、大体90分から2時間待ちであった。色とりどりの雨合羽を着てスタンバイに並んだ小学生の女の子のグループ。お菓子持込で、順番を待っている。お前ら紙くずをちらかすなよ。

2年前の夏訪れた時、スペースマウンテンのスタンバイに並んだ我々の目の前に、その最悪のバカップルが居た。恐らく、東京近郊の田舎から出てきたのであろう20歳ぐらいのカップルは、容赦なく照りつける強い日差しのもとで口げんかを始めた。けんかの発端は良く判らない。はでな黒いシャツを着た男が、千葉の奥か茨城かその辺のアクセントで<暑い。暑い。>と言っていたのが気に触ったらしい。確かにただでさえ暑いのに、すぐそばで暑苦しい男に<暑い。暑い。>と言われれば、余計に暑さがましてイラついてくる。
「少しは我慢しろ」というようなことをその娘は言った。
長髪の髪の先を指先でくるくる丸めながら、「なに怒ってんだよ」男は、相手の言葉を受けてやり返す。
しつこく、何度もなんども男は女になぜ怒ったのか聞いた挙句、「おれが悪いんじゃねーだろう」。女は説明をあきらめて黙り込む。
黙り込んだ女に対し、男はまた無意識に<暑い。暑い。>を繰り返す。
2人は2時間近く炎天下で並んでいる間中、ずーとそれを繰り返していた。
<こんなところで喧嘩すんなよ・・・みっともない・・・>と当時は思った。今考えると、彼らはそうやってお互いに気持ちをぶつけ合って分かり合っていたのだろう。それはそれで、彼らにしてみれば幸福だったのだ。人目を意識して、だまってお互いが我慢するよりもずっとその方が良いのかもしれない。我慢することで、目に見えない亀裂が深く進行して行き、気がついた時にはどうにも修復不可能な状態になっていることがある。それと比べると、ささいなことで喧嘩しあえるのは幸せなことなのかもしれない。喧嘩していた彼らは、今頃うまくやっているのだろうか。幸せになってくれるとうれしいのだが・・・。

冬の日は短く、あっという間に日没。ずぶぬれの体が冷え切って寒さが押し寄せてくる。ワールドバザールで子供達が欲しがった土産物を買ってあげる。レジで財布を取り出しお金を払おうとする子供達を制して精算する。少しは親らしきことをさせてくれ。長いようで短い、8時間ほどの親子ゲームが終わり、日の落ちたゲートをくぐり出た。子供たちはすぐ大きくなってしまうだろう。高校、大学へと進学すれば、親と一緒にディズニーランドに来るなんて絶対にしない。今日が3人で来る最後の日。もう来ることはないと思ったら、彼はつらくなってきた。子供達も、彼の気持ちを察してか、駅までの途中で彼に顔をむけようとはしない。どしゃぶりの雨の中、3人で下をむいたまま傘をさし、とぼとぼとそれぞれの家路をたどる。駅について、東京方面へ帰る子供達を彼は見送る。

電車のドアーが閉まる寸前、息子が周囲も気にせず大声で叫んだ。
「おとうさん、また来ようね!」
その日聞いた、初めての「おとうさん」という言葉。娘はつり革につかまってボロボロ泣いている。
1人、電車の中で携帯で撮ったずぶぬれの子供達の顔の写真を見ていると、彼はなんだか泣けてきてしまった。

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ピクシーダスト
時計は午後10時をまわり、園内放送が流れると、ようやく人が少なくなって来た。昼の間、あれほど人の群れでぎわっていたアトラクションもすべて終了した。向こうに見えるアリスのティー・パーティ(コーヒー・カップ) は、すでにロープを貼ってゲストが入れないようにしている。急に静かになったパークは怖い感じもしてくる。一番奥の方からセキュリティのキャストが出てきて、園内で遅くまで残っているゲストを追いかけるように点検していく。若いカップルが多いゲスト達は、素直にキャストに従って結構きちんと帰ってくれる。ゲスト達は“ピクシー・ダスト”の魔法にでもかかったのだろうか、その素直さが不思議だ。
ゲートのそばのワールドバザールもこの時間になると、店の入り口にキャストが立ってそれ以降の入店を制限しだす。おみやげ屋さんでいつも一番最後に閉まるのはグランドエンポーリアム。施設で一番最後はメインストリートハウスだ。ゲートでは、キャラクター・グリーティングをやっているらしい。女の子の団体が写真を撮りあっている。

夕暮れ時にミッキーによって飾り付けをされたシンデレラ城に、ディズニーの仲間たちが光を灯す。クリスマス・ファンタジーは12月25日が最後の日。明日からは、少しはゲストのイン・パークが減るのだろう。けれど、カストーディアルの彼にとっては、クリスマスはこれからなのだ。ゲストがいなくなるとキャストも帰ることが出来る。時計は11時をまわった。そろそろ、最後のゲストがセキュリティに追われて、ゲートをくぐった頃だろう。
いつも、武蔵野線の最終11:49の帰りの電車の中で、帰宅途中のゲストといっしょになる。彼は、ユニフォームを着替えて表舞台をつっきってゲートに向かった。途中、携帯から彼女に電話する。
「メリー・クリスマス!」

二日前の電話を思い出す。彼女の気落ちした声・・・
「・・・明日も、ダメなの?」つまり12月24日、“イブ”のことだ。
「うん、やっぱり一番忙がしくてね」
「そう・・・、バイトなのね。そう・・・」
そんなにガッカリするなよ。ちょっと遅れるけど、プレゼントは奮発して、有名ブランドの指輪なんだから。
きっと、びっくりするぞ・・・

真っ暗い一人暮らしの部屋に戻って、彼女が作ってくれたクリスマス・プディングを食べる。初めて口にしたのは3年前。
「砂糖を入れ間違えたんじゃない?」と思ったほど甘くて、一口以上食べられない代物だったのだが、次第にその味に病みつきになってしまった。テレビでは、ハイビジョン特集として「カクテル大百科」が放映されている。そろそろ、眠りに就こうかと思った時、部屋のチャイムが鳴った。<誰だろう。こんな時間に?>
ドアを開けるとそこに笑顔の由香里が居た。
「メリー・クリスマス!」
彼女は首都高を車でとばしてやってきた。ぼくらのクリスマスはこれから始まる。

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